memory-2021のブログ

寄り道脱線系ブログです。

築地と冬至とクロスステッチと

みとも

一昨日は冬至、一年中で夜が一番長い日。

築地に毎年恒例の買い出しに行き、鰹節や乾物、野菜などガラガラを引いて買い物をした。

これまで気づかなかったが今回品質の良い野菜を沢山置いてる八百屋さんを見つけて慈姑、牛蒡などと一緒に大ぶりの柚子を買った。

後で冬至と気づき、この柚子はお風呂に入れたのだけれど、立派な柚子だった。

慈姑は豆慈姑、これは素揚げにしてお塩をつけて食した。慈姑はお正月の為のこの時期しか流通していないのは何故だか知りたい。

妹が蜜が入ったとても立派な林檎を送ってくれた。

お返しに築地の佃煮屋さんに寄り佃煮を買った。

甘口でほっこりする味で東京で一番美味しい佃煮だと思っている。


近所に住む、私より年上の長く懇意にしているご婦人が、最近寒くなってるのに薄着で歩いていたり、先日は転んだ話を聞いたり、杖を無くしたのなどとこれまでの彼女とは異なる違和感を感じていたところ、たまたま出会った彼女の妹から、認知症の始まりのようでケアマネジャーさんと話す事になったと聞いて納得するよりも何よりも落胆してしまった。

かつて久しく仲良くしていた娘の同級生のママ友がいて、アメリカにも遊びに来てもらったり、飼っていたシーズー犬が赤ちゃん産んだからとその赤ちゃんを譲り受けたり、お互いの家を行ったり来たり、夫同士も一緒にマスターズを見に行ったりしていた。

彼女の家の中には曖昧な場所がなく、全てが論理的に整然と片づいていて、彼女の家から帰宅すると我が家の雑然さに気が遠くなる気がして片付けに勤しんだたものだった。

そのように完璧な彼女が少しずつ変化していくのが信じられず、ある時彼女の夫と電話で話す機会があった時に尋ねると、やはりわかりますか、と。若年性アルツハイマーであり、医師である彼にとっても理不尽で無念であると言われていたのが耳に残っている。

それから10年以上。施設に入った彼女を最後にお見舞いに行った時最早私を認識出来ず、怖いものを見る目で見られて以来お見舞いは控えている。


茶道を辞めた時やり残した事を片付けていくと言うのが私のモットーだったはずと、何年も陽の目を見せてなかったクロスステッチを再開した。本当に仕上がる日が来るのか気が遠くなりそうになるがやるっきゃないと思ってる。



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