memory-2021のブログ

寄り道脱線系ブログです。

 三匹目の愛犬シーサーの事

それは違うと思う気持ちに蓋をして、2ヶ月休んで以来久しぶりにお稽古に行って来ました。

犬も喰わない大喧嘩をした後お互い気を遣って暮らしてるせいかお互いの気持ちに寄り添ってるようで、夫の一言が効きました。

長年そう言う遣り方で来たから急に意識を変えられないのではないのかと。多分先生自身もそう言うお金の支払い方をして来たからではないかと。そして夫が出してやるよと、私の気持ちの負担を無くす為に今月分のお月謝も含めて3ヶ月分出してくれました。大感謝です。

でもここいらで改革しないと若い人達は入門しなくなる様に思います。入門したとしてもその古い体質に嫌気がさしてやめてしまうと思いますが。


いつも丁寧にブログをアップされてるゆいばあちゃんさんには年齢も近いせいか共感するばかりです。

昨日はてんかんについて書かれていましたが一昨年亡くなった我が家の犬がてんかん持ちでした。

人間とは違う、犬畜生と同じく述べるなとお叱りも受けそうですが私には犬も家族の一員でしたからあいすみませんと申し述べておきます。



左がシーサーです。ハンサムな子です。

右がNY産まれのシーズーのテディです。


娘が大学生の時夏休みに沖縄に遊びに行き宜野湾辺りの防波堤に捨てられていた生後まもない子犬を拾って飛行機に乗せて帰って来ました。

中学生の時友達の家で産まれたシーズーを貰って来て育てて、また夫の転勤先のNY州でやはり学校の友達の家から貰ったシーズーの二匹がいたのでもう無理と言えど二匹も三匹も大した違いはないでしょと強引な娘に言いくるめられて。

ボーダーコリーと多分日本犬とのミックスでした、沖縄生まれなのでシーサーと名付けて結局は私に全て委ねられて三匹を世話したものでした。

シーサーは生まれてすぐに捨てられたせいか神経質で臆病で他の犬にすぐ吠えてしまい、それが喧嘩を売ってるようで散歩は孤独にせねばならない有り様で苦労したものでした。

異変に気づいたのはいつ頃だったか、夫が散歩の途中で発作を起こしたシーサーに驚き抱いて連れて帰りました。

病院に連れて行きてんかんの発作と知りそれからは日記をつける様になりました。

発作はいつ起こるか分からないので統計をとろうと思った事とお医者さんへの説明の意味からもシーサーの容態を家族で把握しておかねばなりません。勿論それからは薬漬けです。

可哀想だったのは外出して帰ったら発作を起こして倒れていて涎や失禁などでリビングが惨状化していた事です。発作の余韻で虚な顔つきで歩き回ったり遠吠えをしたり、その姿が可哀想で抱いて落ち着かせるしかありませんでした。

お医者さんが言う様に低気圧が近づくと発作を起こしやすいようでした。何か身体的なバイオリズムがあるのかも知れません。

いつもリビングのソファに乗っている事が多かったのですが発作の時にソファから転げ落ちたり発作を起こしながら徘徊し転んだりまた立ち上がり歩き回って家具に身体をぶつけたりしていたものでした。このように発作が治るまでは常軌を逸していてひたすら落ち着くのを待ったものでした。

シーサーは一昨年に17才で亡くなりました。

亡くなる数年前からはてんかんの発作は起こさなくなりましたが、発作の時ソファから落ちたり家具にぶつけたからではないかと私が勝手に思うのですが足腰が立たなくなりまるっきり寝たきりになってしまいました。

亡くなった時の事はまた別記したいと思います。

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